正しいこと
[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック

戻る
last update 2001.6.21
ルナ
正しいこと
ルナ

こんばんは。
満月のエッセイは 勝手に休んでごめんなさいね。

今回、大きな節目となる新月と夏至が重なった日のエッセイです。
どーぞ読んでやってくださいませませ。


今晩のテーマは「正しいこと」です。

 日木 流奈くんの「月のメッセージ」だったかと思いますが こう載ってたのが 印象的でした。
「正しいことをしていると思っている人は、注意が必要です。」

つくづくそう思うことがよく有ります。
何故 正しいと思ってることをするのに 注意が必要なのでしょうか?

それは、「正しい」と強く思うことは、反対に「正しくない、間違いだ」と強く思う物を 自動的に発生させるからです。
正しいという思いは、いつの間にか 判断と批判、そして裁きをしてしまうのです。

 私は、何年か前 完全な玄米菜食をしていました。
主人の姉が、乳癌を手術することなく 食事療法で克服したのがきっかけでしたが、食べているうちに 私も花粉症が治り、主人も胃が丈夫になりました。
子供のアトピーにも良かったので 私の中で玄米菜食は、あれよあれよと絶対的なものとなりました。
そして 機会をみては 人に勧めるようになったのです。
「正しい食事」だと思っていたからです。
私の影響で 玄米食に変える人もいましたが、煙たく思う人も 確かにいました。
そのころは、「どうしてこの人は 分からないのだろう?」と不思議に思っていましたが、
今 思えば、私が 玄米食を「正しい」と 言えばいうほど 相手の人の食事を「間違った物、邪食」だという言い方になって相手を否定していたのでした。
否定のエネルギーは、気持ち良いものではありませんよね。
でもそれに気付くことなく 良い事だと思って相当それをやりました。
それぞれに 選択の自由があることや、食事というものに(他のものにも)相性と好みがあるということさえ 認めようとしなかったのです。
多分、絶対的なものが欲しかった。
そして 自分が正しいというものに 賛同してくれる人が 増えていくことによって 自分の価値を見いだす作業をしていたのかもしれません。
つまり、自分を正当化させるために みんなに勧めていたという部分があったのです。
今思えば まったく迷惑な話ですよね。


「正しいことをしていると信じること」は、ものすごく自分自身が強くなって まるで何かの権力を手にいれたような気がします。
何も 怖いものさえ無くなります。
だって とにかく正しいのですから。
神や宇宙の総てが、自分の味方のような錯覚が起きます。
そして、正しくないと思うものに対して 批判、非難、そして 果てには 排除してしまおうという気持ちが起きてくることもあります。
きっと 戦争というのは、こんな気持ちから 起きるんでしょうね。

人の悪口を言うときも だいたいそうですよね。
自分が「正しい」と思っていなければ 人の悪口は言えないようになっているようです。
人を批判している人の話の中には その人が何を正しいと思っているかが よく見えてきます。
それは、だいたいが「個人の価値感」でしかないものなのに、「正しい」と思ったとき、自分を正当化しながら 知らず知らずのうちに 他人を攻撃してしまったりしているのです。

そういうわけで「正しいと思っていることをしている時は 注意が必要」だと 自分に対してもよく思います。
正しいと思うエネルギーは、使う方向を間違えると 大変なことに成りかねない恐ろしさをもっているから。。。
「正しい」と思っているとき、人を裁いてしまっている時、自分のその物差しが、単なる個人的な好みだと はっっと気付いて切り替えることが出来れるようになれば 意外に 怒りや被害者意識は薄れて どんどん楽になれたりするようです。

どんなに社会的に有名なことでも、常識的なことでも それが 「正しい」と選択していることでさえ、結局のところそれぞれの「好み」なんですよね。

さて 玄米の話に戻りますが、Heart Boxをオープンする少し前に 玄米を食べたことで ひどい副作用に悩まされているという人に出会いました。
玄米で 調子が悪くなった人にも会うことになりました。
私の絶対的な玄米神話は、見事に壊れてしまいました。
こんなに素晴らしいと思った玄米菜食も 体に合う、合わないがあるようなのです。
このことを通して、「正否」、「善悪」、では無く ただ単に相性と好みで選んでいいのだということを 感じたのでした。
お店を始める前に、ほんの少しでも気付けて良かったと思います。
だって私のことだから「正しい食事を!」ってきっと勧めまくったでしょうからねえ。



「これが正しい!」と思うと しばらくはその証明になるようなものが どんどん集まってきて、
「やっぱりそうだ、そうに違いない。」と確信を持ったころに、まるでそれをあざ笑うかのように全く逆のことが起こってくるような気がします。。
プラスに振り切った振り子が、今度はマイナスに振り切り やがてだんだん真ん中に戻るように。。。。
こんなふうに すべては、ただ真ん中にあって 「正しいも間違い」も 「良い 悪い」も無いことに気付かされるのです。
合う、合わない 好きか嫌いか。。。。単純にそれでいいのかもしれません。

悟りとは "差を取ること"だという話がありますが、
こうして一つずつ、少しずつ、差(だと思っているもの)を取って ひとつにしていくことなのかもしれませんね。



次の満月は、7月6日になります。。